パクってなぜ悪いか!

よくある作品は何々のパクリだ!といわれることがありますが、それはその作品の悪い理由を挙げるときよく言われます。でも、それは本当にその作品の面白くない理由でしょうか?単純にその作品が面白くない理由を見つけようとしたときたまたまパクリという単語を見つけてきただけの話ではないでしょうか。パクリというものは見た目に分かりやすく(誰にでも分かるというものでは必ずしもないですが)、批判の対象にしやすいだけなのではないでしょうか。

多かれ少なかれほとんどの作品は過去の作品のうえに成立しています。ですから、そもそもパクリでない作品などありえません。

パクられもせずに一人前になった作品がどこにあるものか!

ジャンルという言葉を考えてみてください。一般に「ジャンル」と呼ばれるものは、例えばSFとかファンタジーとかミステリーなどがあります。しかしこれらは、有史以前から存在するわけではありません。必ず初めに考え付いた人がいて、それはその人個人のオリジナリティだったわけです。そして「ジャンル」とは、それが次第に発展していく中で確立していったものです。「発展した」という言い方をしましたが、実質的な意味においては「恒常的にパクられ続けて一個のまとまりになった」に過ぎません。SF然りファンタジー然りミステリー然りです。それらは、最初に始めた人が必ずいるのと同じくそれをパクった人も必ずいたわけです。で、その人たちがパクリつつも改変させ磨き上げ次の世代へ継承していく過程があってこそ、それらが発展してきました。寧ろパクリなしでは発展などなかったはずです。
つまり、ジャンルに分類されるということは、同時にジャンルとしてパクリ続けていく過程のひとつに組み込まれているということであり、パクリなのです。ジャンルに分類されえない作品が少ない以上、殆どの作品はパクリとしてみることができるでしょう。
結局、作品の内容がジャンルとして確立していないときには「パクリ」と言われ、確立していれば「ジャンル」といわれる、それだけに過ぎず、パクリを問題として取り上げることはあまりにも無意味です。
だから、パクリそれ自体は悪ではありえません。むしろ善といえるでしょう。そうすることによって作品全体が発展してきたのは事実ですから、寧ろどんどんパクっていったほうが、良いのです。
問題はその後で、パクリを無駄に劣化させ作品の質を恐ろしく減退させる場合も多々ありますが、そのときはパクリ自体が悪いのではないのですから、パクリを批判せずに、作品の出来の悪さをこそ批判すべきです。下手なやつはパクろうがオリジナルでいこうが詰まらないのですから。

パクリ批判なんて所詮はただの飾りです、偉ぶっているやつにはそれがわからんのです

パクリ批判など、その作品を批判したいだけの何者でもありません。何度も言いますが、パクリ自体は悪ではないのですから、批判自体的外れです。本当はそんなところを批判するべきではありません。実際、批判する人は、そんなところを批判したいわけではないはずです。結局はその作品が面白かったか否かがその作品の評価のポイントですから、パクリ批判はやめましょう。

(※ただ盗作とか著作権に違反するのは当然だめですけどね)
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