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2008.07.08
黒猫/モルグ街の殺人 ポー
![]() | 黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫) (2006/10/12) ポー 商品詳細を見る |
とりあえず、ホラー小説を読み漁ろうかと思いまして、エドガー・アラン・ポーです。
江戸川乱歩の名前の由来として有名だったり、この本の中でもありますが『モルグ街の殺人』と呼ばれる推理小説の元祖とも言われるものも書いていてミステリ作家みたいな印象もありますが、ホラー作品も数多く残しています。それで、その中で手っ取り早く読みやすそうなものとして、今回、光文社の古典新訳文庫を読むことにいたしました。半分くらいは読んだことあるようなものでしたが、『モルグ街の殺人』を始め、読んだこと無いものも多くて、読んでみたかったものがあったので、非常に満足しています。
『早すぎた埋葬』なんかも言葉としては知られていますが、読んだことありませんでした(これはポーのこの作品が元でしょうか?)。「早すぎた埋葬」とは、文字通り死んでないにもかかわらず埋葬されてしまうと言う話です。これは実際に会って、棺おけの中で息を吹き返した痕跡があるとか、声が聞こえるからこり返してみれば、生き返っていたとか、実際にそういう話があったそうです。小説ですが、そういう部分のリアリティのある恐怖があります(といっても日本では火葬しちゃうから関係ないなんて思わないほうがいい。と言うのも生きているのに火葬されるというのは、燃やされているさなかに生き返るとか、そういう恐怖がありますよね。埋められるよりも相当怖いですよ・・・。とは言いつつ、実は火葬しちゃえば一瞬で死んでしまうらしいですけど。生き返れないのは残念ですがね)。でも、小説レベルで怖いと言うものではなかった。どちらかと言えば、不安を書いたような小説でした。
『黒猫』は以前に別の本で読んだと思います。こちらはホラーで、黒猫と言う神秘的であり畏怖の対象としての意味合いでかかれたような小説です。犯罪を犯した者の恐怖・不安などが具現化したもの、そういうところで読むくらいがちょうどいいくらいかと思いました。今回の本では、いくつか似たような話(犯罪小説、犯人側の視点?)の短編が多かったのですが、翻訳者が敢えてこういう構成にしたみたいです。
よくよく考えるとポーが生きていた時代って、江戸時代後期辺りなんですよね。しかも幕末にもなっていないような時代。ということは、日本で言えば、バリバリの古典なわけですよね。なんかそういうのを意識しなくても読める(それは翻訳者さんのおかげ)のは凄いことだ。今も昔も人間としての根源的な変わらないものってあるんでしょうね。それが一番残っているのって恐怖であり、謎への好奇心(ミステリ)でもあるんでしょうね。でも、誰でも持っているけど、必ずしも「それ」を誰でも書けるとは言えなくて、書けるとすればそれは才能だと思う。というのも恐怖というものもあくまで漠然としたものだからです。それを形として表現する技量はただ小説を書く以上に、人間の心理的なものを探る力や物事に対する鋭い洞察力なんかが必要になってきます。そうしたものを書ける力をポーと言う人は持てた数少ない人だろうと思う。そういう意味で、ポーってそうとう凄い人だったのだなと思う。江戸川乱歩が名前にするのも分かります。
ミステリ元祖の『モルグ街の殺人』は、この本の流れ的には犯罪小説の流れから自然に(ポー的にね)出てきたように見える。この短編は推理小説・ミステリの元祖でもあるし、初の密室殺人小説でもある。やはり推理小説は密室事件がこの時点で運命付けられていたのかと思えるのが、楽しい。もちろん、探偵も出てきていて、名をデュパンという。彼は初の架空の探偵と言うことになるのだろう。まさに探偵といったイメージがここでほとんど完成されているのが分かる人物像であった。冷静沈着・頭脳明晰とは大げさだが、何でも分かったような印象を受ける辺りなど、探偵像そのものだ。また探偵のほかに語り手がいる、といった点もかなり推理小説の構成が出来上がっている。ホームズなんかで言うところのワトソンみたいな役だ。彼に推理を述べるところなど、ホームズみたいだ。
最終的なオチの部分は最近のミステリでは多分「ありえない」、で片付けられるようなもので、中々味わえないようなものでしたね。古典とかには結構あるような気もするけど、個人的には寧ろ新鮮で、大アリなんですけどね。
元祖だけど王道ではない。そういう短編だったと言うのが私の最終的な感想ですかね。
ポーはとりあえず全部読みたいと思います。探偵デュパンが出てくるものも他に2作くらいあるみたいなので、読んでみようかと思います。光文社の古典新訳文庫は入り口に過ぎないので、ここからどっぷり入って行きたいと思います。
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