最近、といっても時間は結構たつが、デスノートが実写映画化されていますね。アニメかもされるとか。また、ゲド戦記もジブリによってアニメ映画化されるようです。

これらはどちらも原作もちの作品です。
デスノートはジャンプに連載していた漫画からで、ゲド戦記は知る人ぞ知る世界で有名なファンタジーの小説からです。
このように原作がほかのメディアによって再発信されることは非常に多く、アニメ化小説化映画化ゲーム化漫画化などなどその組み合わせとしては多岐にわたります。ひとつの作品が複数のメディア化する事もざらです。
この時、よく言われることは原作との兼ね合いです。つまり、原作にどれだけ忠実であったか、あるいは原作ファンや未読者層とのバランスなどです。
特に、小説や漫画が、映画やアニメになったとき特に多い気がします。なぜなら分量的に圧倒的な差がありますし、逆に原作にはない情報(絵や音)などを付加せざるを得ないからです。その中で、既読者は違和感を感じざるを得ない理由は必然のものとしてあるわけです。それは大きいか小さいかだけであり、なくなることはないでしょう。

と、ここまで当たり前ですね。
つまり、何がいいたいかというと、ぼくはこう思うようにしているんです。というよりそうだと思い込んでいるわけです。
つまり
原作以外はすべて二次創作!

です。もっと言えば、
原作以外は原作の内容をほぼ100%パクった作品!
ですかね。
作品を模倣することを俗にパクリといいますが、○○化も単純に原作元がパクることを公認しただけのパクリであると確信しております(?)
パクリという言葉に語弊がありますが、要素として同じ物を使ったという意味であればどんな言葉でもいいです。要は、人様の作ったものと同じ材料を使い料理したものと同じことだということです。

だから、○○化は、筋書き・キャラクター・台詞などなど、全部あるいは一部の要素をパクって作ったものにすぎないのです。
だから違うのは当たり前。同じ食材と同じ作り方をしても人によって味付けが異なれば、まったく違う料理となるのと同じことです。

ま、はっきり言ってだからどうしたの?って内容ですが。。
少なくとも原作と違うことは私にとって何の問題でもない、ということです。

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